DIALY OF JULY 1999


9月 26日(日) 晴


眠れない夜は・・・

F1ドイツGPを見た。久々に非常に見ごたえのあるF1だった気がする。予選から本選まで、雨に翻弄されまくりの内容。勝負はまさに水物だね。ジョーダン無限ホンダの初ポール、そして優勝かと思われたけど、結局リタイア。凄く残念だった。

それにしても今回のGPで思うのは、やはりF1ドライバーといえども人間、シャワーのような雨と燦燦と照りつける太陽でめまぐるしくかわる路面状況は読みきれないらしい。オーバーラン、スピンアウトは当たり前。こないだ雨のなかオーバーラン&スポンジバリアに突っ込んだ自分としては、なんとなく他人事ではなく思えて、凄く居心地が悪い気持ちになる(^^; 車もダメージ受けるし、なんかいやーなかんじ。でも、早ければ早いドライバーほど、闘争心のあるドライバーほど突っ込んじゃうようだ。守りに入るドライバーなんてきっとF1まで上り詰められないんだろうし、野生の本能でアクセルふんじゃうんだろうねえ。

どーして?

TOEFLの試験まであと4週間。そろそろ本格的に準備をせねばと思い、diagnostic testを2時間かけてやってみた。す・る・と・・・ 3月に受けた模擬TOEFLの結果より点数が下がっているではないですか! どーいうことだ!!曲がりなりにも reading, grammerの問題集を1冊終えたはずなのに、毎日英会話のテープを聞いているのに、ああ、やっぱりスクールいいってないのがいけないなかな。いや、そんなことを悔やんでるひまはない、やるしかないでしょう。

特に悪かったのが listening。前の模擬テストではよかったのが点数が下がっている。今回の diagnostic testの会話は本当に聞き取れなかったからなあ、仕方ないといえば仕方ない。問題は語彙力ももちろんだけど、やぱりスピードについていけてない。やはり英語で考えるノーミソ作っとかないと、このスピードにはついてけないよな。

readingの方はと言えば、時間が足りない、そして・・・全体的に駄目だなあ。語彙力もそうだけど、読解力が足りない。おおかっしいなあ、問題集は結構いけてたのに、比較すると問題集のほうが圧倒的に易しかった。

てなわけで I'm in chargeだな。しかし10/23の本番テストには間に合わなさそうな雰囲気・・・やっぱこれは11月のテストも申し込むのが良さそうだ。

 


9月 19日(日) 晴


清水の舞台から飛び降りてみる?

どーも、最近つまらない。いや、まわりが楽しそうというべきだろう。色々ストレス発散があるけど、あれが一番きく。ついに禁断のアレに手をつけることにした。アレとは・・・

エキゾーストマニホールド、略してエキマニまたは蛸足。たこの足みたいでしょ。そしてマフラー(サイレンサー、消音器)。両方とも無限の製品。マフラーは雨の中走ったので汚いけど、ほんとはステンレスできらきらと輝くはず。エキマニは美しいね。

なーんでこんなものをつけるかというと、それはエンジンを早くするため。あーあー、やっちゃった。エンジンパワーに頼る作戦だ。ポリシー的にはお金もかかるし、やりはじめると際限なくなっちゃうから手をつけなかったんだけどねえ。麻薬的なものだよねえ。この次はインテークマニホールドとか、エンジンの中身(オーバーホール)とかになっちゃって、お金も倍倍でかかるようになっちゃう。うー、まさに麻薬だ・・・

いい音いっとく?

今までエキマニやマフラーってのはやっても効果が薄いと思っていた。というのも、特にターボではないNA(自然吸気)の場合はパワーが出ても中低速トルクが落ち込んだりと、デメリットもある。NAは回転数でパワーを稼ぐので、パワーバンドが狭くなるのは嬉しくない。例えばレースみたいにどこのコーナーが何Rでと決まっていて、それにギアをあわせてくるのであれば話が違い、当然コーナーの立ち上がりの回転数は高回転になるからそういう場合は下のトルクがなくなってもいいからトップエンドのパワーが必要になる。しかしジムカーナのコースは毎回異なり、どんなRのコーナーが待っているかわからない。当然高回転を維持することは難しい。そういう場合は決してパワー指向のエキマニやマフラーは有効ではない、、、そう今まで考えていた。

しかし、憧れだ。この綺麗で、職人の技が光る一品もの。そして「おれはやるぜ!」と宣言するようなエグゾーストノート(排気音)は魅力であり、魔力でもある。そんな妖しい魅力に引き込まれて散財するケースは少なくない。というか、チューニングの一歩はマフラーみたいな風潮が一時期流行ったよね。今はすでに「定番」となっている感もある。

ジムカーナも数年前からエキマニ、マフラーの排気系のチューニングが解禁となってしまった。それまではイコールコンディションであったパワーが、一気に競争の渦に引き込まれてしまった。そうなると勝つためにはやるということになる。やって早くなったライバルを見ればもちろん真似する。ということで、ふと気付いたらほとんど全員がやっていたのであった。ありゃりゃ。

ということで遅ればせながらのチューニング。これでどうなるか、今までの淵から這い上がれるか?乞うご期待。

でどうなの?

で、ですよ。変えてみてどうだったか。まだほとんど全開走行はしてないけど、はっきりとわかるその違い。あー、やってよかった。そう、やったのはもう一つ理由がある。それはこのようにエキマニ、マフラーを交換する機会がこれで最後かもしれないからだ。シビックRに乗れるのもあと10ヶ月くらい。それまでに楽しんでおかないとねえ。人生振り返って「ああ、あの時エキマニをつけていれば・・・」なーんて後悔することもないのだ。しかし普通の人はこんなことで後悔することはないけどね。

五井発横浜行

妹の住む五井。くだんのエキマニ・マフラーをつけるために車をガレージに出していたので車を妹に借りた。しかし帰るのは結構しんどい。というのも五井から内房線、蘇我で乗り換え、総武線で品川・・・と接続が悪いと結構時間がかかるし、何よりも内房線の雰囲気は苦手なのだ。千葉駅もどうも駄目。なんだろう、渋谷とは違う意味で強い違和感を感じる。水があわないとうか、よそ者的意識を刺激するわけではないが、ダークサイドを見せ付けられている気がするのか、居たくなくなっちゃうのだ。

そんなおり、妹から耳よりな情報をゲット。なんと五井駅から横浜駅にバスが出ているというのだ。しかも東京湾横断道路経由、60分で着いてしまうという。なんですと! お値段は1700円とそれなりにするのだが、その観光的意義、時間短縮、そしてなにより総武線に乗らなくてすむという安心感。うっしゃこれだこれだ。

東京湾横断道路を自分ひとりで車で走るなんて、そんなコストの高いはなしはない。しかしこの高速バスを使えばお値段たったの1700円、しかも運転しなくてもOK,観光気分で乗れるなんてハッピーうっきーぽっきー。19:05に出て、あっという間に20:00には横浜そごうに到着だ。結局横浜経由という、一見遠回りに見える経路であるが電車で帰るよりも早かった。おそるべし小湊鉄道。妹が住んでいる場所が五井で本当によかった。


9月 7日(火) 晴


三宅島シリーズ:「感動!イルカの大群。運命のご対面」 高所恐怖症ならやめとき

ようやくイルカとご対面の日がやってきた。気温は暑し、天気は晴れ。今日もお日様ギラギラ紫外線シャワーだ。イルカに会いに行くには三宅島から船で御蔵島まで約30分かけていかねばならない。早速港へと向かう。案の定漁船だ。どうーしてこう、アジアを意識させるんだろう。まったくもって「リゾート」ではなく、「慰安」というキーワードを意識させられる。とりあえず大人しく漁船へと乗り込む。

漁船なだけあり、漁港からの出発だ。三宅島の沿岸をしばらく走り、その後海原へと繰り出す。ここは太平洋、落ちたら何もない大海だ。きっと水深もかなり深く、一度沈んだら浮かび上がってこれまい。そんな恐怖を呼び起こす。何もない、それしか表現のしようがない大きな大きな海。なぜRマニアはこんな海をずっと1年以上も漕げるのだ? すごい精神力だ。

幸い波もさほど高くなく、30分ほどして目的地の御蔵島が見えてきた。 御蔵島は三宅島とは対照的な形で、ぼっこりと台形の岩がそそり立った島だ。港は一箇所しかなく、村には一本の道を上がっていくという。外側からみただけでもその話が納得いく、断崖絶壁に囲まれた島だ。その昔、三宅島が流刑地であったころこの島々を見た流刑民の絶望の淵の侘しい気持ちが伝わるほどだ。孤立とはこのような形をいうのだろう。寒寒。

さて、御蔵島の沿岸に着いた。インストラクターが「それでは、これからアタックの仕方を説明します・・・」といった。なに? アタック?? 説明をきくと、これから2時間、イルカの群れを肉眼で見つけ、その群れの前方に船で回りこみ、海に飛び込んで接近してイルカを見るという。わかりやすくいうと「迎撃」だ。なるほど、アタックという言葉が相応しい。今まで「ドルフィンウォッチング」という言葉を使っていたので、ほんわかとしていたのだが、アタックというと話が違う。なぜか血が滾ってくるのはどうしてだろう。いきなりやる気がでてきた。アタックの回数はイルカの群れの数にもよるが、隊員の迅速な行動にもかかっているという。つまり見終わったあとや、見れなかったときは迅速に船に帰還し、再び機会をうかがうという。これじゃあ空母と艦載機のような関係だ。

ポイントにはすでにいくつかの漁船空母がアタックを開始していた。海面をみると、背びれが見える。おお、ジョーズみたいだあ。背びれを確認するインストラクター、そして行く手に回り込むように操船する船長。この二人の息が合わないと効率よく回り込めない。通常の艦橋(?)からではイルカの背びれが見えないのか、船長は艦橋の上に上がり、レーダーに腰掛け、ワイヤードリモコンで操船している。まるで船の箱乗り状態。しかもラジコン感覚。

「さあ、入ってください」というインストラクターの声とともに第一回アタックが始まる。しかしなあ、漁船なので甲板から海面まで1m以上の高さがある。そこをどぼーんとエントリー(入水)。ごぼごぼごぼ。フッフッツ(シュノーケルクリア)。海だー、海だー。こんな深い海ははじめてだー。ゴーグルで下をみてみる。海底まで10m以上はあろうかと思うが、クリアにみえる。まるで空を飛んでいるかのような感覚だ。高所恐怖症の人は怖いだろうね。そして周りをみわたす。しばらくするとイルカが10頭真横にならんで泳いでくるのが見える。すげー。何が面白いって、まるでお寿司が2つそろって出てくるように、大きさが違うアベックのイルカが真横にならび、さらにそれがレゴブロックのようにきっちりと組み合わさったかのように10頭が真横にならんで泳いでいるのだ。人間が来るとどうやら深く深くへと潜るようで、だんだんと距離が離れていく。しかしその群れの上を泳いでずっと観察できるのは海ならではの快感。

幾度となくアタックを重ね、一度は手が届きそうな距離にまで接近したり、海がめを見つけたり、2mの距離をいっしょに泳いだりできた。まあ何度やっても同じことなので、飽きるっていえば飽きるが、だんだんと欲が出てくるのだろう、もっと近くへ、もっとクリアに見たいと思うんだろうね。そしてカメラやら、ビデオ撮影という新しい楽しみへと進化するのだろう。同行した人で手馴れた人は真っ先にもぐっていき、思いっきり接近してカメラで撮影していた。

それにしても何が疲れるって、船への帰還。水面から甲板まで1mくらいをはしごで登らなければならない。これがきつい。1度だけならまだしも、アタックのたびに上るのはしんどいね。リゾートクルーザーだともっとentry/exitは楽にできてなかったっけ?

そんなこんなで約2時間をふわふわと波間をおよぎ、きゅーきゅーと鳴くイルカの側をばしゃばしゃと泳ぐのはとても面白かった。値段はかなり高いと思うけど、価値はあったな。

復員輸送船再び

帰りも同じ船だ。今回は行きよりも全然空いていて、1等船室はわれわれ二人の貸切状態。2等船室もそんなにめちゃくちゃ込んでいるわけでなく、全員が寝ても十分なスペースがある。昼に乗船だったわりに皆さん疲れきっていて、よく寝ていたね。そんなに寝てると夜寝れないよ。

夕方くらいに東京湾に入ってくる。浦賀水道はかなり狭く、しかも混雑しているのがよく見える。夕日くらいから到着までずっと外の景色をみていたが、これはゼヒおすすめしたい。左に横須賀、右に館山、鋸山からはじまり、八景島、横浜のベイブリッジ、つばさ橋や富津などが一望のもと。しかも時間的にちょうど暗くなり、真っ暗になったころに羽田空港沖をとおる。船も真上をジェット機がかすめていき、滑走路へランディング。状況的には超ロマンチックなんだろうけど、所詮復員輸送船。熱いカップルは見当たらない(^^;

最後はレインボーブリッジにネオジオワールドの観覧車を見て到着した。

はー長かった

実に充実した2泊2日だった。リフレッシュしたし、発見も多かった。しかしこの1週間後に大変なことがおきるとは予想しなかったよなあ。それはともかく、次回の旅行は台湾電脳ツアーか、ニューヨーク下見ツアーか。はたまたいいかげん墓参りに帰省か、どうなるか。ということで、長い三宅島ツアー報告はおしまいおしまい。


9月 5日(日) 晴


ひえー、もう9月だよー。なんだかはえーなー。あっという間に夏が終わってしまった。でも十分汗かいたかな。夏ばてしなかったけど、気持ちは夏バテ、というか浮かないときもあり。とはいえ、それでも時は過ぎ去っていくのさ、同じすぎるなら内容充実、収穫豊作にしたいもんだ。

っていうか、遊びすぎ?

最近、なにがどうって、英語の勉強してないー、やばいー、英会話スクールにもいってないー、いかなきゃー、でもいきたくなーい。そんなことでどーする、日本男児、目をつぶれ、歯を食いしばれ、ぺしっ。

TOEFL

まあ、行かないなら行かないなりには細々となんかやってるんだけどね。ということで、TOEFLの願書出しました。ふと時間があるときに、興味ある大学のhomepageを見てみたら、なんともう願書受け付けしている。締め切りは January 8なのにだよ?? ニッポンの大学であれば、願書の申し込み期間て普通1週間とかじゃないのかなあ? 実は自分は中学受験以来、受験という受験は万難を排して試験を受けずに入る(よーは推薦)だったので、よくわからないのであった。共通一次も受けてないし、というか受けちゃだめっていわれたことがあるな。なんでかというと、推薦のレベルが知れてしまう(というか、あまりにひどいのを世間に見せちゃだめ?)のを恐れられたのだ。まあそれはいいとして、どうやら向こうの大学ってのは、願書受け付けは数ヶ月OKらしい。よーく申し込み案内を読むと、外国人は TOEFLが当然必要。で、このTOEFLの試験を受けてから点数がでるまで1ヶ月以上、TOEFLの申し込みから試験日まで1ヶ月以上かかる。合計3ヶ月くらい。ん?計算がなんか怪しいぞ。そう、大学の願書締め切り January 8から3ヶ月を引くと、10月だ。つまり9月中には申し込みやらなきゃだめなんだよんと。慌ててTOEFLの試験日程と、申し込み締め切りを調べると、案の定本当のぎりぎりのやつの1つ前の締め切りが 9/6だった。あぶねー、TOEFLは2度受けるつもりなので、ぎりぎり2回受けることができそうだ。その日中に願書をゲットしに会社を早退したよ。いいねー、業務の一環だから、早退できるのだ。 ちなみに、TOEFLの願書は青山学院大学のそばの、国連大学の裏手のビルにある Counsilにおいてある。

ジムカーナはだめだああああああああぁぁぁぁっ!

臥薪嘗胆でも我慢ならん! 8月の結果は後ろから4番目。もー、どうにもならん・・・

っていうわけで、やることにしました、色々と。詳しくはヒミツだけど、きっと今度はいい音させていることでしょう。でもってストレス発散にミニサーキット、つくばサーキット、そしてもてぎにいくんだぞっと。おっと、本業ジムカーナはどうした?いやそれはもちろんやるのだ。あとはあれとこれとこうしてああして、あー、やることがたくさん。楽しみだ。

なんじゃここわー

今日はサイクリングやっほー、うっほー。青空にひかれてそのまま多摩川を南下し、いってきました川崎大師。というのも、小学生の6年間、川崎大師のそばに住んでいたのでした。大学の時に1度初詣でいったっきり、10年ぶりだが実際にはもう 20年ほどはほとんど足を踏み入れてない。

子供のころに記憶ってすごいよね。まったく間違えることなく、すんなりと川崎駅から住んでいたところまでいける。通っていた塾や、塾の裏にあったケーキ屋の路地や商店街、遊んだ公園、駄菓子や、教会、医院。すべてが記憶のとおりにあるわけではないが、ほとんどが20年もの間、姿形を変えていない。もちろん住んでいたアパート、会社の寮もまったくそのまま、記憶のとおり。

ついでに小学校があいていたのでグラウンドに入ってみた。二宮尊徳の像、その横にある玉なんて、まったく同じ、遊具もまったく同じ。小学校ってなにも変わらないんだなと思った。もしここに土着していたら、子供が同じ小学校に通い、まったく同じ施設の中で学ぶなんてことになるんだよね。この20年、変化がないということか?

変化がないといえば、川崎市といえば浮浪者(っていっていいの?ホームレスかなあ、でも小学生のころは浮浪者って呼んでいたからそうする)。ええ、浮浪者の方々が町の風景の一部として溶け込んでいるのも20年前も今も同じ。小学生のころといえば、公園のなわばり争いってのがあり、上級生や下級生グループ、他の小学校のグループなどと抗争をしていた。ここに必ず割り込んできたのが、浮浪者の方々。ワンカップ大関を片手に絡んでくるのでもちろん口で戦った、ああ、いい思い出。別に絡んでくるだけだから実害があるわけでなし、ちょっと遊びの邪魔になる程度だから追い返すくらいだし、からかうのが少し楽しかった。

今も同じようにいるいる。なんか安心する、川崎はこうじゃなくっちゃ。でも、ニコタマにはいないし、いてもらっちゃ困るんだろうな。同じ多摩川沿いなのに、なんでこうも違うんだろ。

あまりにも外国の文化と歴史と、留学の知識、外国での生活経験等が不足しているので、とりあえず本を読むことに。友人から借りた「やがて哀しき外国語(村上 春樹)」、図書館で借りた「留学ウォーズ(スクールウォーズの作者)」を読んでみた。留学ウォーズのほうは、面白いね。日本人であることの誇りをもった作者と、勘違い留学生、これを「国辱留学生」と読んで軽蔑しているところなんて痛快。でも実際そんな奴等と一緒にされるのはむかつくだろうなあ。それに人種差別、言葉がわからない、不自由だとなるとストレス200%。ああ、やっぱりコワイところだ。

村上春樹はそもそも人間関係を築くのが得意じゃないらしく、それは語学力うんぬんではなく性格の問題としている。確かにね、日本で社交的になれない人がアメリカにいって、人が変わったように社交的になれるとは思えない。でも人間て二面性、というより多面性をもっているから変わるというより、別の1面が出る可能性はある。それに気付くのは大きな収穫だろう。

すっかり三宅島の話がおいとかれているな。

「恐怖、激烈紫外線!吼える2ストエンジン」。スクーターは山を登りきれるか??

1日目の土曜日は、スキンダイビングの講習だ。しかし8:30に迎えにきて、「1時間待って」といわれプールサイドで待つこと2時間半。なにもすることがない。ハーフのウェットスーツを着込んだまままつ。日差しは強く、前日までの雨の予報がうそのよう。そう、梅雨があけたばかりなのだ。そして11時を過ぎ、ようやくインストラクターが帰ってきた。どうやら、先発のスキューバダイビングの付き添いだったらしい。あのねー、それで1時間で終わるわけないよな。

そして講習開始。シュノーケルのつけ方、水が入ったときに水を吹き飛ばすクリアの仕方、飛び込み方、もぐり方を教えてもらった。「飲み込みはやいねー、うまいよー」と誉められ、講習は10分で終了。どーゆーこっちゃぁ?

でやることがすっかりなくなったわれわれは、昼飯を食べたあと仕方なしに宿に戻る。すでに1時。なにができるわけでもない。少し海岸でぼーっとしたあと、レンタバイクを借りて島を回ることにした。レンタバイクを借りれる場所はバスで30分、島の裏側だ。

レンタバイク屋につくと、そこはなんだか解体屋のような様相だった。呼んでも人がいない。ちゃんと電話で予約してきたのにだ。呼び鈴を見つけ、押すと3分後にノーヘルのスリムな40前後のおっちゃんが50ccバイクを飛ばしてやってきた。そして、睨み付けられた。うわー、こわーっと思ったら、この人がバイク屋の主人だった。「ふつーはね、朝から乗るもんだ」とか、ぶつぶついわれたが、「帰りどうするんだ」といわれ「タクシーで帰ります」といったら、「タクシーはとおらないから予約しとけ」といわれ、勝手に予約もやってくれた。時間も勝手に3時間とされ、バイクは125ccくらいのに乗りたかったが自動的にスクーターになり、ガソリンは勝手にサービスになり、じゃぼじゃぼと溢れるくらいついでくれた。なんだかきっといい人なんだろうけど、やっぱりなんとなく怖い。

「スピードだすなよ」と最後にいわれ、いざスタート。アクセルぜんかーい、ってやっても40km/hしかでない。なんだかなー。山に登るとどんどんと友人が離れていく。どうやらパワーがなく、20km/hもでなくなってしまうらしい。ということでマシンチェンジ。確かにあがらない。どうもクラッチがすべっているのか、それともパワーが全然ないのか。で色々とやってみたところ、わかった。遠心クラッチのギア比があわないのだ。つまり高回転、高速側になっている。実際、最高速度はこちらのマシンの方が上で、50km/h以上でる。平坦路ではこちらのほうが有利だ。しかーし、山は全然だめ。

そこで考えた。高回転型なら回転をおとさなきゃいい。ということでアクセルは全開、スピードを乗せてコーナーにはアクセル全開のまま、左手ブレーキで減速。これはいい、もう一台をぶっちぎることができた。しかしヘアピンコーナーで失速、逆転されてしまう。

なーんてことをしながら、うほうほと山の展望台やら、牧場やらを巡り、三宅島を1周した。ひさびさのスクーター、10年以上ぶりにのったけど、楽しいね。不安定で本当に危ない乗り物だと思うけど、車の少ない三宅島、信号が2つしかない三宅島であれば、これでオッケーさ。

と、楽しんだのはよかった。しかーし、、、このあと悲劇がまっていた。ハーフのウェットスーツ、そして短パンを1日はいていたために、ひざ上から足先までがまっくろけ。短パンのあとがくっきりとついてしまった。しかもその跡は未だに残っている。うーんかっこわるすぎー。三宅島の紫外線は伊達じゃなかった。

さーて、次回の三宅島は「感動!イルカの大群。運命のご対面」 高所恐怖症ならやめとき。



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